
「気持ちいいでしょ」。8月下旬、夏の太陽がおだやかな水面をキラキラ照らして眩い瀬戸内海を眼前に、なんとも楽しそうに話す女性。すこしばかり誇らしげにも聞こえます。それに大きくうなずくのは辻󠄀口博啓シェフ。すっかりお馴染みとなった福屋恒例の人気企画、辻󠄀口シェフと広島県産品とのコラボスイーツ開発で、今回シェフが訪れたのは、目の前に芸予諸島の島並みが映える東広島市安芸津町。お題はこの地でつくられる日本酒です。
ショートカットをなびかせ颯爽と安芸津を案内してくださったのは、地元今田酒造の社長であり、みずからも杜氏として旨酒を醸す今田美穂さんです。「ここでなぜ日本酒づくりが盛んになったのか、安芸津を実際に見てもらうのが一番」と、まずはぶらり安芸津散歩となったのでした。
「万葉の里」として知られる安芸津。万葉集にこの地で読まれた歌が二首あることからそう親しまれてきました。当時から瀬戸内海の主要な港として栄え、やがて廻船による海運交易も活発に。酒米も容易く入手できるようになったことから、安土桃山時代にはこの地で酒造業がはじまり、やがて盛んになっていきました。広島の銘醸地といえば西条が知られますが、彼の地は内陸、酒業に活気が生まれるのは明治になって山陽本線開通を待たなくてはなりませんでした。
今田美穂さんがまず案内してくださったのは、そんな瀬戸内海を見渡す大芝島。インスタ映えスポットとして近年人気の場所です。島と本土をつなぐ大芝大橋上で涼風をいただきながら説明に聞き入る辻󠄀口シェフ。青い空と青い海、いくつもの島影を借景にして話が尽きないお二人の姿は、まるで一葉の絵画のようです。
続いて案内されたのは、小高い鎮守の杜に鎮座する榊山八幡神社。地元の酒屋や商家が奉納したという酒樽や立派な石灯籠が目を惹きます。境内に立つ銅像を前に今田さんの口調が熱を帯びます。「この三浦仙三郎という人が、わたしたちの大恩人です」。日本酒造りに重要な役割を占める水。安芸津など広島の水は軟水であり、関西の銘醸地伏見や灘で用いられる硬水に比べ酒造りには向いていないとされていました。これに対し“百試千改”の努力の末軟水醸造法を発明したのが三浦仙三郎でした。この「吟醸酒の父」の存在なくして銘醸地広島の誕生はなかったのです。
神社を囲む玉垣の柱には、地元酒造関係者の名が多く刻まれ、尊崇を集めてきたことがうかがえます。最盛期には20件くらいの蔵元があったという安芸津。神社はそんな安芸津の歴史や往時の賑わいを今にとどめています。
深く心に刺さる予習を終えて今田酒造へ。「明治初期からの建物です」という立派な門構えの酒蔵は、やがて始まる仕込みを前に、それでも多くの人が往来し忙しそう。「創業は?」「今田さんたちはどこに住んでるの?」。一つの柱、一つの梁、蔵のたたずまいにすっかり魅入られた様子の辻󠄀口シェフの質問攻めに丁寧に答えながら蔵を案内する今田美穂さん。「古い蔵だけど、酒造りにとっては蔵自体が長い時間をかけて育ってきた自然環境なんです。ここに暮らす乳酸菌などの微生物が良い働きをし、この蔵だけの個性をお酒に与えてくれます。今の時期は本格的な酒造りに備える時期だけど、病院のような清潔さはいらない。さっきご案内したみたいな、いわば神社の清々しさこそわたしたちはめざしています」。蔵自体が生きているという今田さんの言葉に辻󠄀口シェフもうなります。
有り余る自然や先達から受け継いだ歴史と技術を生かした今田酒造の酒づくり。「安芸津にはカキに代表される魚介類や柑橘類、名産のジャガイモをはじめとする野菜など旬の食材が一年を通じて途切れることがありません。この地の食文化をさらに引き立てるように生まれたのがわたしたちの吟醸酒です」。そんな説明をうかがいながら今田さんが事前に選んだお酒を試飲する辻󠄀口シェフ。「どれもいい! それぞれに個性的ですね」と納得します。なかでも今回シェフが注目したのが純米酒“海風土(シーフード)”。「しゃれっ気のあるネーミングもね」とニンマリ。「東京の酒屋さんから『広島のカキに合う酒を』というリクエストからレモンのようなさわやかな酸味を求めて作ったお酒です」という今田さんの説明に大きくうなづくシェフ。「チョコレートとの相性でいえば、僕の場合“酸”が欲しい。そんな中で安芸津の海産物などとのマリアージュを目指した“海風土”はイメージをさらに膨らませてくれます。この土地でないとあの酸味は生まれなかったのだから」。
「このまちの風土に愛情をもって接し、歴史やこれを築いてきた先人に対してはリスペクトを忘れない今田美穂さんの想いに非常に共感します。ものづくりに対する細やかで丁寧な姿勢は、今の日本を支える原点でもある。安芸津という瀬戸内のほんの小さな町ですが、ここを訪れて、そんな大きな視点を再確認できました。安芸津や今田酒造さんを盛り上げる、そんな力に僕のチョコレートがなればいいですね」。すっかり安芸津ファン、今田酒造ファンになった様子の辻󠄀口博啓シェフ。8月の、瀬戸内海の長い午後を堪能したシェフには、早速新しいコラボショコラへの大きな構想が生まれたようです。
こうして、今回誕生した日本酒ショコラは、広島の銘酒「富久長 海風土 Seafood 純米」を贅沢に使用したボンボンショコラです。レモンのような爽快な酸味とやわらかな旨味が特徴の純米酒に、ショコラブランを合わせています。ショコラブランの上品な甘みが、「海風土」のキリッっとした酸味と繊細に溶け合い、そのひと口で感じるのは清らかな海風。さらに余韻はしなやかに続く、一層仕立ての日本酒ショコラとなりました。「ぜひたくさんの人に楽しんでいただきたい」としたり顔の辻󠄀口シェフ。安芸津海風土と辻󠄀口ショコラのコラボ、完成です。
モンサンクレール【福屋オリジナル】
●日本酒ショコラ(4粒入)2,808円
販売場所:八丁堀本店7階催場「ショコラショー」会場内
期間:1月31日(土)〜2月14日(土)