沼隈半島のど真ん中。なだらかな丘陵地を埋め尽くすハウスの列が、見事な田園風景を見せています。栽培されているのはぶどう。ここ八日谷地区の栽培面積は42haでマツダ スタジアム約18個分の広さです。
この地でぶどう栽培が始まったのは昭和30年代前半のこと。ベリーAという品種でのスタートでした。その後種なしで大粒のニュー・ベリーAを全国で初めて商品化。沼隈ぶどうが全国区ブランドになるきっかけとなりました。
現在、各地に出荷されるのは、マスカット・ベリーAや黒系のピオーネ、赤系の悟紅玉などいずれも大粒の甘いぶどうが中心。なかでも人気が高いのがシャインマスカットです。
皮ごと食べる沼隈産シャインマスカットの特徴は、パリッっとみずみずしい食感と、その後の上品かつ濃い甘みです。もともと昼夜の寒暖差が大きいこの地はぶどう栽培の適地でした。これに加えて急傾斜地だった八日谷地区をなだらかな丘陵地にし土地改良をすすめ、どこでも陽が均一に当たり、用水などの必要な環境も、すべての農家が等しく利用できるよう整えたのです。
現在、82の農家がぶどう棚を共有し、区割りして栽培していますが、栽培技術はもとより育成を左右するさまざまな情報を共有。時には助け合うなどの連携できるしくみも導入し、安定しておいしいぶどうが生産できるのが沼隈ぶどうの大きな強みとなっています。
8月下旬とはいえ酷暑が続く沼隈町八日谷のぶどう棚をおとずれた辻󠄀口博啓シェフ。農家の方に案内されるまま、果実をくるんだ紙袋を開け、開口一番「やばいね!目茶苦茶うまそうだ!」。たわわに実ったシャインマスカットを手に思わず笑みがこぼれます。誘われるようにひと粒を口にふくむと、再び「これ、やばいですよ!皮がはじけて、ジューシーで甘い!」。無邪気なシェフの反応に農家の方もうれしそうです。
「房の数、さらにつぶの数を制限することによって、伝わる栄養を集中させるのがおいしいぶどうを作る秘訣です」と永井さん。もう一人の農家・横井さんは「自分が3代目。24歳の時に覚悟を決めてぶどう栽培をはじめました。手を加えれば加えるだけぶどうの木が応えてくれるのがうれしい」と目を細めます。
選果場にも赴き、農家の方々と交流を持った辻󠄀口シェフ。「まずは、素材がいいので、素材そのものの味で勝負したい。パリッとした皮も生かしたい。ビターにするとぶどうの味が消えるので、ミルク系で合わせた方が味が生きるかも。ジュレのように混ぜても面白いね」とアイデアは尽きないようです。「ここでは若い方が多くて活気に満ちている。その辺もわたしには感動的でした。未来がありますね。今回は最高の素材に巡り合えました。福屋さんでしか食べられない最高のチョコレートになりそうです」。周囲の期待以上に辻󠄀口シェフご自身の期待も大きい今回の取材となりました。
ぶどう畑での体験が時とともに熟すように、辻󠄀口シェフの新作が届きました。
「沼隈のシャインマスカット特有の香りがカカオの発酵と交わることで、まるで白ワインのような風味が出るのでは」と着想した辻󠄀口シェフ。
新しいボンボンショコラへ。試行錯誤の果てにシャインマスカット特有の香りと果肉感を楽しめるようにパート・ド・フリュイに仕上げ、これをベルギー産33.1%のショコラ・オ・レのガナッシュと合わせました。名付けて『ミュスカ』。世界中で愛される香り高き白ワインの原料となるマスカットの名に由来します。
素材本来のおいしさを最大限生かした辻󠄀口シェフと福屋のオリジナル・コラボ商品をぜひお楽しみください。
今回、ご案内いただいた沼隈ぶどう生産農家の永井克則さん(右、47歳)と横井和也さん(左、48歳)。「近くのダムから、バルブひとつひねるだけで灌水できます。この夏の暑さはそれで乗り切れました。ここは最高のぶどう栽培地です」と横井さん。「収穫の繁忙期を過ぎても、剪定などやることは盛りだくさん。休みの日もつい気になってぶどう棚に足が向きます(笑)」